美濃路で妖怪に会ってきた

岐阜県から愛知県を流れ、伊勢湾へと注いでいる庄内川、
岐阜県恵那市に発し、岐阜県内では「土岐川」と呼ばれ、
愛知県に入ってから「庄内川」と名前が変わる、、
名古屋市の北端を流れていて、春日井市や北名古屋市、清須市などとの境界としての役割もある、、

江戸時代、庄内川に架けられた「枇杷島橋」は、尾張国第一の大橋として知られた名古屋屈指の名所だった、、
その頃の庄内川は今よりもだいぶ川幅が広く、川の中央に大きな中島と呼ばれる中州があって、、
名古屋側から中島へ大きな橋が架かり、また、中島から清須側へ小ぶりの橋が架かっていた、、
ようするにホップステップのような感じで、いったん中島へ渡ってから名古屋あるいは清須へと渡るのである、、

江戸時代、中島には旅人のためのお茶屋や売店が立ち並び、秋には萩の花が咲き乱れる景勝地として有名だった、
明治以降になると、さらに発展して、中島には役所、医院、料亭、多くの民家がひしめき合う立派な街になったというから驚く、、、
当時の中島の住所は「西枇杷島町下小田井中島」で、普通に人が暮らし、子供たちが河原で遊ぶ日常の風景が広がっていた、、、、、今からだとまったく想像ができないけれども、、、
その中島、1958年の大規模な河川改修工事によって、完全に削り取られて消滅してしまった、、、
人々が暮らし、子供たちが川で遊ぶ光景を一度見てみたかったなあ、、

枇杷島橋は熱田と垂井を結ぶ美濃路の途中にあるのだけれども、
名古屋から清須へとわたると、そのふもとには、、
徳川家康の勧めによって誕生した活気のある青物市場があった、、
濃尾平野の豊かな農村地帯から集まる大量の野菜や果物が、
枇杷島橋が完成(1622年)したことによって、大消費地である名古屋城下へスムーズに運べるようになり、
江戸の神田、大阪の天満と並ぶ日本三大市場の一つへと急成長を遂げていったのである、、

その頃、名古屋側から庄内川の枇杷島橋を渡りきると、
美濃路の街道沿いには青物問屋や商家がびっしりと立ち並んでいた、、
旅人は、山積みにされた新鮮な大根、ナス、カボチャなどの野菜を売り買いする商人たちの威勢の良い掛け声、
行き交う荷車などの大混雑に揉まれながら歩くことになった、、、
そして、その先には清須宿があった、、

柳生忠平 妖怪
柳生忠平 妖怪

現在の清須の美濃路は、アスファルトになっているけれども、道筋自体は江戸時代とほぼ同じ位置を通っていて、、
沿道には歴史を伝える道標や史跡が点在している、、
ちょうど、江戸時代には市場だったエリアに「Deepflat Gallery」というギャラリーがあって、、
そこで、妖怪画家である柳生忠平という方の個展が開催されいたので、行ってきた、、
Deepflat Galleryは築130年くらいの趣のある建物で、、、
明治期に建てられたもののようだ、、
清須の市場は明治以降もさらに活況となったから、、、
その頃に建てられた野菜を扱う問屋の建物なのかもしれない、、、違うかもしれないけど、、

とにかく雰囲気のある建物に妖怪が描かれた絵がとても合っていた、、
絵のおもしろさ、素晴らしさに感動をしてしまったのである、、、
ちょうど作家の柳生忠平さん(冒頭の写真)がおられたので、ちょっと話を聞いた、、
柳生さんは子供頃から妖怪が大好きで、、、20数年前から妖怪の絵を描きはじめたそうだ、、
その頃は妖怪の絵はあまり注目される存在ではなかったけれども、
最近は妖怪を描く画家が増えてきて、ちょっとしたブームのような動きを見せているという、、
柳生さんは妖怪画家の第一人者として、全国いろんな場所からお声がかかり、、
この一か月間は家に帰らず、旅をしながら展覧会を開催していると話していた、

Deepflat Galleryが旅の終わり最後の個展である、、
柳生さんは小豆島を拠点として活動をしていて、
だから、やっと小豆島に帰ることができるのである、、、
旅をしながら個展を開催するというのも楽しそうではあるけれども、、、

柳生忠平 妖怪
柳生忠平 妖怪
ギャラリーでは、妖怪絵画が飾られているだけでなく、奥の畳の部屋で柳生さんが実際に妖怪を描いている過程を見ることもできた、、

ちょっと驚いたのは柳生さんは、小豆島で私設の妖怪美術館を開設・運営しているのである、、、
ぜひホームページを見てほしい、、絶対に行きたくなるから、、、
ぼくも一度行ってみたくなったのである、、、
また来年も名古屋周辺で展覧会をやりたいと話していたから、
その時は絶対に柳生さんの妖怪に会いに行きたいと思う、、、

帰りは美濃路をぶらりと歩きながら、途中見つけた、これまた古い建物のお店へ、
ちょうどのどが渇いていたからラムネを、、、
店のおばちゃんにどこから来たの?と聞かれたから、
あ、あの、ナゴヤドームの近くです、、と答えると、、
あら、、まあ、街中だねえ、、と笑った、、

美濃路の市場の活気は、市場が対岸の名古屋市へと移転する1955年まで、
途切れることなくずっと続いていたのである、、
その頃だったら、この清須の場所のほうがずっと活気があって、
ぼくのほうが、あら、まあ、あの人でにぎわっている場所ですね、、、と答えていたはずである、、

柳生忠平 妖怪
いいなあ、妖怪、、
Deepflat Gallery
Deepflat Gallery
ラムネ
ラムネも美味しかった、
おばちゃん、ありがとう、
応援してね♡

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