もうちょっと前へ

愛知県庁に書類を提出するため、
ある部署を訪ねると、
若い男性職員が対応してくれた。
書類を受け取って確認すると、
立ち上がって、ごくろうさまでした、
と頭を下げた。

そんな対応をされると、こっちが恐縮してしまうじゃないか。
ぼくは、ちょっと体を斜めにして
帰る態勢のまま、あ、失礼します、
とちょこんと頭を下げた。
最近の若者は、過剰に礼儀正しいなあ、、
それとも、ぼくが、なってないのだろうか、
なってないな、たぶん、

その帰り、
ちょうど県庁の前で道路工事をやっていて、
おじいさんが交通整理をしていた。
停止線などがなかったので、適当に停車すると、
おじいさんが、
もうちょっと前へ、とぼくを手招きをする。
そろそろと車を前へ進めると、
おじいさんは、もうちょっと、と、また手招きする。

なんか、おじいさん、ひいちゃいそうだけど、大丈夫?
だけど、おじいさんは、さらに、もうちょっと前へ、と手招きする。
ぼくが、微妙に、10センチくらいかな、車を前に進めると、
やっと、おじいさんは満足そうに停止の合図を出した。
おじいさん、車の停車位置って、
そんなに厳密じゃなきゃいけないもんなのかい?

もちろん、ぼくは決して悪い気分になったわけじゃなくて、
おじいさんの満足げな顔が見れて、むしろ、うれしくなったくらいだった。
ちゃんとした場所に車を止めることができて、
よかったなあ、
おじいさん、満足そうだったなあ、

なんとなく不安な気持ちになったのは、
さっきの県庁の若い男性職員のほうだ。
あんなに礼儀正しい若者が、
これから長く県庁に勤めることで、どんなふうになるのだろう、
どんな人生を歩んでいくのだろうか、

ビルが跡形もなく消えて、
更地になった正文館本店の跡地の横を通りながら、
ま、大きなお世話だけど、と、
ぼくは、ふっと息を吐いた。

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