先日、松坂屋へ行ったのは
名古屋製陶所と伊藤次郎左衞門祐民展という
展覧会を見るためだった。
まあ、ほとんどの人は、
名古屋製陶所という食器メーカーのことを
知らないと思うけど、
かつては、かなり大きな洋食器メーカーだったんだよ。
明治末から昭和44年まで存続し、
とくに、戦前は日本陶器(今のノリタケ)の
ライバルとして活躍、でも、
戦後は苦戦を強いられ、規模を縮小していくことになる。
興味ある方は、松坂屋南館7階に行ってほしい。
貴重な名古屋製陶所の製品を見ることができるから、
その名古屋製陶所に関して、
若いころに
すごいおもしろいなあ、
人間臭いなあと感じた話がある。
名古屋製陶所の創業に関わっている
一人の技術者がいて、
飛鳥井孝太郎(あすかいこうたろう)という人なんだけど、
この人、日本陶器の
技術責任者だったけど、うまく食器がつくれなくて、
辞めさせられちゃうんだよ、日本陶器を、
で、そのあとすぐ、
飛鳥井さん、名古屋製陶所に技術者として招かれて
日本陶器時代の部下30人を引き連れて
移っちゃうんだよなあ、
どんな関係だったんだろう、
名古屋製陶所と日本陶器、
というか
飛鳥井さんと日本陶器の技術者たちって、
いろいろあったんだろうなあ、
それを想像するのは、
なかなかおもしろい、、、
飛鳥井さんには飛鳥井さんの思いがあって、
日本陶器には日本陶器としての思いがあって、、、
なかなか複雑な関係だったんじゃないかなあ、