常滑の海の近くにある有限会社忠圀鋏製作所は、
理容師美容師向けのプロ用ハサミをつくっているメーカーである。
建物は板張りで、潮水によって痛むのを防ぐためにコールタールが塗られている。
その深い黒色が、とてもいい感じだ、
忠圀鋏製作所は、
家業を継いだ社長の磯村幸男さんのほかには、
2名のスタッフというとても小さな会社で、
工房という言い方のほうが合っているかもしれない、
ただ、ここでつくられるハサミは、
非常に精度が高く、
プロが使うはハサミとして評価が高い、
50歳半ばの磯村幸男さん。10年前にお会いした時と何も変わらない笑顔
現在も、東京のカリスマ美容師とコラボして、
オリジナルハサミを開発中であるほか、
ペット用ハサミもトリミングのサロンと共同で開発するなど、
忠圀鋏製作所のハサミを信頼している
プロの使い手たちは多い、
それは同時に、磯村さんのハサミに対するこだわりへの信頼である、
1枚のティッシュペーパーをハサミにあてがうと、
抵抗もなくすっと切れてしまった、、
その刀のような切れ味を見せてもらったのが、
今から10年ほど前のことだ、
そのとき、磯村さんは、
自分のつくったハサミで
気に入ったものはほとんどないと話していた、
左がコールタールが塗られた板壁の工房。右が作業の準備をする磯村さん
毎回、つくり方の実験を繰り返しながら、
究極のハサミを追い求めているから、
一年前に自分がつくったハサミは見たくもない、
とも言ってた、
また、
忠圀鋏製作所の基準に達していないハサミは決して出荷しない、
という厳しい律し方を自分に課すと同時に、
「ハサミづくりは小学校から関わってきたから、
誰も負けちゃいけないと思う。
自分がつくったハサミが世界で一番だという自負はあります」
とも語っていた。
なんか職人だなあ、
ぼくは、そのとき、そんなふうに実感した。
これから研磨されるハサミ。磨いて磨いて美しく、切れ味鋭いハサミとなる
ハサミづくりは、研磨し続けるところに特徴がある。
とくに、ハサミの切れ味に関わる最終工程が、
二つの刃の隙間調整とウラ刃研ぎ、
その作業の時、磯村さんは
自分の中にある究極のハサミの姿と格闘しているように
普段とはまったく違う厳しい顔をしていた、、
久しぶり会った磯村さんに、
今もハサミづくりに対する気持ちに変化はないですか?
いまも毎回実験の繰り返しで、究極のハサミを追い求めているんですか?
と質問してみた、
返答はわかっていたけど、
磯村さんは優しい声で、
「まったく変わってないですよ」と笑った、
何も変わっていないんだなあ、
黒い板張りの工房も、
磯村さんのハサミに対する情熱も、
あ、でも、最近はハサミの刃を研ぐ
砥石の研究を進めていると磯村さんは言っていた。
新しい砥石を手に入れたから、
これから楽しみ、と、
ハサミに対する一番最初の直感を大切に
変わらぬ思いを持ち続けながら、
次々と新しいことに挑戦していく
磯村さんのその姿を前にして、
ぼくはなんか勇気づけられる気がした、、、
🔸 冒頭と最後のハサミの写真は、10年ほど前に取材に行ったときに、カメラマンの筒井誠己さんが撮った写真。美しいハサミだなあ。