置き薬のあなた

ぼくがまだ名古屋で一人暮らしをしているときだから、
もう20年以上前になる。
ある30代くらいの男性が、
大きなカバンを持って置き薬の営業にきた、

たぶん、あまり使わないと思うけど、、
ぼくがそう言うと、
使わなくても大丈夫ですから置いてもらえませんか?
その男性は気の弱そうな態度で、
そんなふうに言って、ほほえんだ、、

気の弱そうな男性に、そんなふうに頼まれて、
断れる人がいるだろうか、、
いるかもしれないけど、ぼくはどうもできなかった、、
まあ、いいか、
置いとくだけだから、、

それから、男性は1か月に1回くらい、
大きなカバンを持って訪ねてきて、
薬が使われていないかを確認して、
使われていないと、
今回は大丈夫ですので、、
と言いながら、
この薬は冷え性に効くとか、
風邪にはこの葛根湯とか、
いろいろ蘊蓄を述べてから帰っていった、、

毎回毎回、薬が使われていないのに、
その男性は、特に態度を変えることなく、
今回は大丈夫です、と言い、
さらに薬の蘊蓄もいろいろ述べて、
帰っていく、、、

悪いなあ、と思いながらも、
割高な薬を使う気にはあまりならなかったが、
あるとき、風邪をひいて、初めて置き薬を使ってみると、
これがなかなか具合がよかった、、
これをきっかけに、たまに風邪薬を使うようになった、

ぼくが結婚をしてからも、
男性は同じように大きなカバンを持って家にやってきて、
薬の説明をいろいろして、
薬の補充をしたりして、帰っていった、、、、
それから、子供が生まれて、次の子供が生まれて、、
男性は同じように、薬の補充にやってきた、、

ぼくが今度引っ越すから、
これを機にもう置き薬をやめたいなと思うんですけど、
と、話すと、
いや、置いてもらうだけでいいですから、と、
またも気弱な感じで、ほほえんだ、

しょうがないなあ、と思いながらも、
ぼくは新しい住所を教えて、
それからも、男性は月1回くらいのペースで
薬の補充にやってきた、、

ぼくなんて、そんなに薬を使わないんだから、
あまり利益につながっていないはずだけれども、
それでも男性はやってきて、
たまに無料でお試しの薬なんかをくれたりした、、

昨日も、ちょうど男性がやってきて、
ぼくがいつものように玄関で対応した、
男性の白髪交じりの頭を眺めながら、
この人(名前は知らない)もだいぶ年取ったなあ、
白髪も増えてしまって、、
もう20年以上の付き合いになるのか、、、

長いなあ、
名前も知らない、この人との付き合いも、、、

急に寒くなってきたので、
気を付けてくださいね、、

そんなことを気弱につぶやきながら、
昨日も薬を使っていなかったから、
支払いは全くなかったにもかかわらず、
ていねいに頭を下げて帰っていった、、、

ぼくも小さな声で、、
ごくろうさま、と言いながら、
あなたも気を付けて、、と玄関の扉を閉めた、、

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