許される心地よさ
ぼくと筒井さんがゴーバルを訪ねたのは、ちょうどお昼が終わる時間で、
スタッフの女性が食事の片づけをしている最中だった、、、
思い思いに集まって食事をして終わったところ、、
おそらくスタッフの小さなお子さんが、
おばあちゃんちに遊びに来たような感じで走り回っていたりした、
昼食は、料理当番がいて、当番制でスタッフみんなで回しているという、

そんな場所で、
松本遼さんに話を聞いたのだけれども、、
松本さんは、41歳、出身は山形、
中学を卒業して、手に職をつけたいと思ってゴーバルに来て、
そのあと、3年ほど働いて、それから北海道の高校に入りなおして、
卒業後に再びゴーバルへ戻ってきた、という経歴である、
ゴーバルでは、上下関係はない、
正社員やパートといった違いや製造場、出荷場という担当の違いはあるものの、
部長とか課長といった役職はなくて、
働いている人はみな平等、フラットな組織である、
だから、松本さんも働いている一人という立場で、
みんなと気軽に声を掛け合っている、、、
キリスト教とか「”Living is sharing”(生きることは分かち合うこと)」という理念を掲げてしまうと、
ちょっと堅苦しい印象を受ける人もいるかもしれないが、
実際のゴーバルはまったくそんなことはなくて、
むしろ自由そのものである、
建物の中に入ってすぐにそう感じられるほど、
空気が違うというか、人の接し方が違うというか、、
すべてを許される心地よさというか、なんというか、

大きな家族のような集まり
どっちかっていうと企業というよりは大きい家族みたいな感じで、
朝のミーティングも仕事のことだけじゃなくて、世間話をたくさんします、
自分たちのペースで気持ちよく働くとか、居心地のいいところを作ることを
みんなメインで思っていることなので、、、
蓋を開けてみないと、今日何人来ているか分からないみたいな、そんな感じなんです、、
パートさんも、一応何曜日はあの人というぼんやりとしたシフトはあるんですけれども、、、
松本さんの「ぼんやり」という言葉に、なんだかぼくはうれしくなってしまった、、
やっぱり、、、ぼくらは、ぶっちゃけ、お肉加工が学びたくて来ている人はそんなにいなくて、
やっぱり、この環境、暮らし方に魅力を感じて働きに来ていて、
また、その暮らし方を見に、若い人たちがん研修に来るみたいな形なので、
本当に、去る者は追わないけど、来る者は拒まず、間口を広く、、
働くこということはなかなか大変なのことなのである、
いろんなストレスを抱えている人は多く、、
そして、そのストレスの要因は、ほとんど人間関係で、、、
自由で許されながら、自主性も尊重される関係の中で働くということは、
まずもって考えられないのであった、、、
そんな職場を想像できるなら教えてほしい、、
でも、ゴーバルでは、それに近い環境ができているのである、、

そのあと、ハム、ソーセージをつくっている現場を見せてもらったけれども、
音楽がかかるなか、創業の一人である桝本さんと20代の若者が、
同じ場所で同じように働いている光景を見ていると、
どうして、ゴーバルのような働く環境が実現したのか不思議に思えてきた、、、
普通の企業では感じることができない、
自由で和気あいあいな雰囲気、
なぜ、そんな和気あいあいなのだろうか、、
その理由はよくわからないけれども、、
それは、、、、山の環境と創業者たちの思いがなせる業だったのだろうか、、

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