名古屋陶磁器会館物語 ドイツ、イタリアへ

カトエツ先生に同行するツアーの参加者は、
カトエツ先生の助手であるヨシッチとタキッチのほか、
美濃の窯元関係者、大手タイルメーカーの社員、
それと、大倉陶園の絵付技師なども参加していた。

ドイツのフランクフルトで開催された
国際会議については、ほとんど何も憶えていないが、
ライン川の古城へ行ったり、
なぜかスウェーデンで一泊したり(港がきれいだった)と、
楽しい時間を過ごしたことは記憶にある、
確か、ちょうどベルリンの壁崩壊の時期で、
ベルリンで何かあったらしいぞと話したような気がする、

カトエツ先生とは関係ないが、
数年後、陶器関係者とともに、イタリアへ行ったこともある。
その目的は、第三のイタリアの視察だった。
第三のイタリアとは、
中小企業や職人による伝統工芸が発達しているイタリアの地域のことで、
主に視察したのは北イタリアの各都市だった。
このツアーを率いたのは、
のちに「人生フルーツ」という映画にもなったツバツバさんである。
参加者は15名ほどで、主に瀬戸の陶器関係者だった。

最初、スイスの研究機関へ行って話を聞いてから、
電車でイタリアのミラノへ。
その電車の中で、一人旅をしているかわいくて若い女性に、
みんなで寄ってたかって質問攻めにしたのは、
いい思い出なのか、日本人の評判を落とした結果になったのか、
よくわからないけれども、、

ミラノからはバスでフィレンツェへ、
それからボローニャ、ファエンツァ、コモなどをまわって、
中小企業や職人の話を聞いたりした、
イタリア語が音楽のようで心地よかったのは記憶にある、

帰国後、高蔵寺のツバツバさんの家に行って
話を聞いたりして、そのあと、かわいい字の手紙をもらったりした、
一緒にツアーに参加した
瀬戸の銅版印刷のポロポロさんは元気だろうか、
瀬戸の陶器祭り以来会ってないけど、
いろいろお世話になったからなあ、、

カトエツ先生の助手のヨシッチは
最近はタイによく行ってるようだ、
この前会って、タイの話をいっぱい聞いた、
タキッチはカトエツ先生のお葬式以来会ってないけれども、
東京芸大の講師を辞めて、
今は笠間で陶芸家として暮らしていると聞いた、、

なんか懐かしい思い出ばかりが蘇ってきて、
ぼくもそろそろ年貢の納め時かもしれないなあ、、、

こうしたドイツやイタリアの旅行のあと、
ぼくは、絶望を感じながら、
名古屋陶磁器会館で新しいことに挑戦しようとしていた、
それは、その後のぼくの人生に
決定的な影響を及ぼすものとなっていくのだった、、、

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