毎日がハイクデイ その15

 無類の釣り好きであることは、以前にも書いた。大学受験と学生運動に血道を上げていた十代の終わりから、家庭を持った二十代を除いた今日まで、わが人生は釣りと共にあった、と言える。否、釣りの為の人生だった、と言っても過言ではない。子どもの頃のザリガニ釣りから始まって、バス釣りと磯釣り以外、実に多種多様な釣りに手を出して来た。三十代の初めにハマったのは、アマゴ、イワナの渓流釣り。深山幽谷にロマンチックな夢を持たせてくれた。友人に誘われて始めた黒鯛(チヌ)の筏釣りは、繊細なアタリの読みと強い魚の引き、そのギャップの面白さにのめり込んだ。たとえ釣り堀の釣りでも、釣りであれば(岡釣りは別。)何でもやりたい根っからの釣りバカなのだ。だかしかし、数多の釣りの中から一つだけ選べとなれば、私は迷うことなく、鮎の友釣りと答えるだろう。鮎の食味の良さは勿論のこと、釣味の面白さは群を抜いている。鮎の友釣りの他の釣りとの決定的な違いは、所謂、魚の口を使わないことにある。ご存知の方も多いと思うが、鮎は成長するにつれ縄張りを持ち、侵入してくる他の鮎を、体当たりして追い出そうとする習性がある。その縄張りに鉤 を付けたオトリ鮎を侵入させ、猛る 野鮎を掛けると言った、いささか狡猾な釣りだ。それはたとえば、武道の合気道にも通ずる極めて日本的な文化土壌から生まれた釣法とも言えるだろう。
 釣人は、石を読み、流れを読み、オトリに鼻カンを通し、鮎を自在に動かす。オトリ鮎が流心に入った途端、目印が吹っ飛び、九メートルの長竿が弓のように絞られる。堪えながら竿をため、一気に引き抜く。空(くう)を飛ぶ二尾の鮎が玉網に、ドスン!。この一連の動作を単々と熟す人こそが、「名人」と呼ばれる。私の釣りは、それに遠く及ばす、釣れたときのドーパミン炸裂に右往左往するばかりだ。確かにこの釣りには、不思議な魔力があると常々思っている。マンガ「釣りキチ三平」にも鮎の友釣りに狂って、仕事も家庭も顧みず、人生を棒に振ってしまった男の話があったような……。自戒している。

 この時代、陶枕(とうちん)などと言うものを見たことも聞いたこともない人が、ほとんどではなかろうか。ましてや、それを自分の持ち物にして使っている者となると、ほぼ皆無に近いと思う。私の場合も俳句を始めてから、絶滅寸前季語のひとつとして知っていた程度のことで、陶枕を見たことも、季語として俳句を作ったことも、一度もなかった。
 それは、ある出会いからだった。その日の午後も、吉田川での鮎釣りを終えた私は、いつものように八幡町内の散策を楽しんでいた。観光客の多くが歩くメイン通りから、一本中に入った住宅地の路地を歩いていた。見慣れた町並みに少し飽きていたのだろう。すると、ある一軒家の玄関先の道端に、何やら家財道具のような物が無造作に虫干しされている。何気なく近寄ってみると、ざるや碗や小箱などに混って、陶製の四角い塊があるのを発見。その時私は、これは陶枕だ、と直感した。と同時に、どうしても欲しいと言った欲望がこみ上げて来た。今ここで、これを手に入れなければ、きっと後悔する。千載一遇のチャンスと確信した。私は迷わず、埃にまみれたその陶枕を手に取って、玄関のベルを押した。それからの家主とのやり取りの詳細は忘れてしまったが、タダで貰ったこと、後日、菓子折りを持ってお礼に伺ったことを覚えている。その後、持ち帰った陶枕で何度か昼寝を試してみたが、これがちっとも寝付かれず、陶枕の俳句も全くものにならなかった。
 やがて陶枕は、部屋の隅で埃を被ったまま忘れ去られてしまった。

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