毎日がハイクデイ その3

 貧乏を承知の上で選んだ画家人生だが、実際の生活となると相応に厳しいものだ。独り身の内はなんとでもなるが、家庭を持ち親ともなれば、子どもを食べさせねばならない。自宅での絵画教室の収入だけでは到底やってゆけず、かと言って絵が売れる筈もなく、思案に暮れる日々が続いた。そんな時、創作料理の店の襖に「北斎漫画」を描くと言う友人からのアルバイトの話が舞い込んで来た。
 それは和紙に墨の一発勝負。ユーモラスな人物の動きをシャキッとした線で描かねば北斎じゃない。何度も下描きを繰り返し、いざ本番。これが幸いにも好評で次の仕事に繋がった。ピカソの「泣く女」、イヴ・タンギーの不気味な風景画、高田賢三のデザイン画、西遊記のイラストなど、糊口をしのぐ為とは言え、思いの外楽しいアルバイトだった。

 台風が来る度に少しワクワクしてしまう。
 ある年の大型台風の直撃を受けた時の事だ。強風と豪雨の様子を不安のまま窓から見ていると、自宅の敷地内にある陶芸窯のトタン屋根が突然メリメリ音を立てて剝がされてゆくではないか。思わず飛び出した私は、全身ずぶ濡れとなって必死にトタン板を抑え、大声で女房を呼んだのだ。雨と風が鼻からも口からも入って来る。釘と金槌を差し出す女房の顔にも髪の毛の束がへばり付いて目を塞ぐ。荒れ狂う嵐に堪えて修理作業を続けていると、ふと不思議な感覚に囚われた。それまでの打ち付ける雨が、まるでぬるま湯のシャワーを浴びるような心地好さとなり、無邪気な子どもの水遊びにも似た解放感へと変わっていったのだ。確かに肌が喜んでいた。古びた細胞の隅々に命が再注入されたかのように。

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