バネと人の「縁」で宇宙へ飛び出す 杉浦発条

杉浦発条のバネ
取材時には人工衛星で使われているバネはなかったため、写真におさめることはできなかったけれども、基本的には写真のようなバネが使われている、まさにバネである、、
なぜ人工衛星にバネが使われるのか、その一つの理由は電力が必要なく、動力を伝えられるから、、バネってすごいのである、、

人工衛星とバネの不思議な関係

ーー人工衛星向けのバネって、どこに使われているんですか、

杉浦  アンテナ展開ですね、、今、うちのバネを使った衛星が宇宙に2機上がっていまして、、1機はアンテナ展開で、もう1機はパネルの展開に使っています、蛇腹状に連なったパネルをバネで引っ張って、パネルが回転・展開する仕組みです、、

ーーそのパネルは太陽光を受けて電力を得るためのものですね、

杉浦  そうです、、ロケットは燃料を積んでいますが、宇宙空間でずっと活動している衛星は、自分で発電しないといけない、、気象観測衛星のひまわりも、ずっと日本を観測して情報を送ることができるのは、自分で発電しているからです、、太陽光から電力を得ている、
だからパネルが開かないとか、太陽を方向を向いていないと、全然活動できないんです、、
そこにバネが必要になってくる、うちもそういう用途で使っていただきました、、

杉浦発条の社長である杉浦弘則さん
杉浦弘則さん、、、杉浦発条は小ロットでもオリジナルのバネをつくってくれるから、個人でも依頼できるし、宇宙関連のバネだけでなく農業関連やさまざまなバネをつくっている、、アーティストやファッションデザイナーからの依頼によるバネもつくっているようである、、、

おじいさんとお父さんから受け継ぐ

ーー杉浦発条は、従業員の方は何名?

杉浦  今は12人、うちフルタイムが7人くらいかな、、ほぼバネだけをつくっています、創業60年ほどで、僕は3代目に当たります、、

ーーおじいさんがバネ製造を始められたきっかけは、、

杉浦  祖父自身はバネを巻いたことが一度もないんです、祖父の弟がバネ巻きの能力を持っていて、もともとは提灯屋をやっていたんですが、弟の技術を活かして「バネで飯を食っていこう」という流れだったんじゃないかと思っています、、
昭和30〜40年代ごろ、、ちょうどこのあたりで工業が盛んになってきた時期でバネがよく売れたらしくて、、
高浜市の隣の安城・刈谷や名古屋・岡崎など、近所のメーカーさんにバネを供給していたんですね、、完成品まで作れるメーカーさん、、たとえばガス機器関連や農機具をつくっているところ、そういったところへ売り込んで始まったと思います、、
近所の中小メーカーさんと、「どうやったらいいか」を一緒に話し合ってつくらせていただいてます、、

ーーお父さんの代になると、、、

杉浦  ざっくり言うと、「営業の祖父・製造の父」みたいな感じです、、祖父はバネを巻いたことが一度もなかったと思いますが、、一方、父は営業には熱心ではなかったのですが、製造へのこだわりが強く、お客さんの口コミで仕事が広がる感じでした、、
しかしながら、それだけでは広がりはそこまで強くなく、ぼくはちょっと営業方面に力を入れたいと思うようになりました、、人も増えましたし、あと、、ぼく自身、人とお話するのが好きというのもありますので、、、、、
ぼくはどちらかといえば営業寄りかもしれないですね、、

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