バネと人の「縁」で宇宙へ飛び出す 杉浦発条

文 小出朝生  写真 筒井誠己

なんかどこかおもしろいものをつくっているところはないかなあ、、
そんな感じでネットを検索していると、杉浦発条を紹介するページにたどりついたのである、、
小さな町工場が宇宙へ、、
町工場がつくるバネが人工衛星の一部を担う部品として宇宙へ飛び立っている、、、
そんなことが書かれているページだった、、
なんかわくわくする話である、、ぼくの胸は当然わくわくした、、
早速取材申し込みのメールを送ると、すぐに返信が届いた、、
取材の申し込みに対して、こんなふうに素早く了承の返信が来ることなんてめったにないので、
ぼくは再びわくわくしてしまったのである、、いや、なんかいつもと違うぞ、、

愛知県高浜市にある杉浦発条はバネをつくっている、、
従業員は12人ほどの小さな町工場である、、
高浜で60年近くバネをつくり続けていて、今の社長の杉浦弘則さんは3代目に当たる、、
杉浦さんは社長らしくない社長である、、
そんな社長らしくない弘則さんの話を聞きに、高浜へ向かった、、、

バネの杉浦発条の外観
杉浦発条の外観、左が事務所で右が工場である、ここで人工衛星で使われているバネをつくっている、

杉浦さんは社長らしくないけれども、
杉浦発条は町工場らしい町工場である、、
8畳くらいの事務所があって、その隣が工場になっている、
ちょっと早めに着いて事務所を訪ねると、事務の女性の方が、
「そこに車をとめてください」と工場前の駐車場を教えてくれて、
社長はすぐに来ますので、、、と伝えてくれた、、
その感じが高倉健の映画のような雰囲気で、すごくよかったのである、、
そのうちカメラマンの筒井さんもやってきて、
同じくらいに杉浦弘則さんも出社、、、
第一印象は、若い、である、、40代前半くらいかな、、
社員の方たちと社長の関係も、そこは町工場だから非常に近しい、、
それがまたいいのである、、

杉浦発条を訪ねる前、一番聞きたかったのは、
小さな町工場が、どうやって宇宙のバネをつくるに至ったのか、ということだったけれども、、、
杉浦さんの話を聞くうちに、いや、そこじゃないな、杉浦発条の魅力の本質は、、、そこじゃない、、と思うようになった、、
杉浦さんの仕事に対する姿勢、経営に対する考え方が、一般的な経営者とは大きく異なっていて、
とても魅力的であり、その延長線上に宇宙のバネもあるんじゃないだろうか、、
話を聞くうちに、ぼくはそんんふうに感じるようになっていったのである、、

杉浦発条社長の杉浦弘則さん
杉浦発条社長の杉浦弘則さん、いろいろな人たちとの交流を通じて、バネの可能性を広げている、、

印象に残っているのは、
杉浦さんの、バネという物理的な製品をつくるだけでなく、
人と人の「縁」をバネのようにつなぎ、新しい価値を生み出す、という姿勢である、
大企業の元役員も、近所の工場の主婦も、同じ「面白いことをする仲間」として扱うその姿勢は、
杉浦さんのもともとの性格によるものなのかどうか、、
お父さんに対する尊敬を基盤として、バネづくりへの情熱を持ちつつも、
それにこだわることなく、柔軟に新たな道を模索しようとする姿勢も、
ぼくには新鮮だったのである、、

では、杉浦さんのインタビューである、、

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