修復家・加藤豊子の挑戦

修復というのはなんて魅力的な仕事なんだろうと思う、、
壊れてしまったもの、汚れてしまったもの、、かつての姿が失われてしまったもの、
それらに手を加えて、もとの姿を取り戻す、
どのように手を加えていくかは、修復するものによって変わってくるはずである、、
また、最終的にどういう姿にするのかも、考えてみればなかなか難しい、、
かつての姿そのままを目指して修復するのが基本かもしれないけれども、
それが不可能な場合もあるだろうし、その場合、どこで修復を止めるかを判断するのが難しそうだ、、
修復する過程で、ものをつくった人の痕跡を発見する喜びも、きっとあるはずである、、
何百年前の人物の息づかいのようなものが感じられる場合だって、あるかも、、
名古屋で陶器やガラスの修復をする仕事をしている加藤豊子さんは、
イギリスで修復の技術を学び、イギリスで修復の仕事をしていた、
欧州では、修復の仕事がしっかりと成り立っているから、
豊子さんは日本に帰ってくるつもりはなかったようだけれども、お父さんの病気をサポートするために帰国、
以来、名古屋で修復の仕事を続けている、
画家の松永賢といっしょに、そんな豊子さんと雑談をしてきた、、

文責 小出朝生   写真 小出朝生&松永賢

絵付けの世界に憧れ

――お父さんの加藤茂さんは、名古屋の陶器の絵付けの職人として活躍されていた方ですね、

加藤 そうです。祖父が絵付けの職人で、父は祖父の下で絵付けの仕事をしていて、若いけど腕はあると評判だったようで、、、、

――お父さん、若くしていろいろな絵付けの賞を受賞していますね、

加藤 父は74才で亡くなりましたけど、ずっと現役でした、、わたしがイギリスから帰ってくるきっかけは、父の病気で、入退院を繰り返してたっていうのがあったんですけど、結局、帰ってきても何もできなかったんですけど、、、

――豊子さん自身は、お父さんのお仕事を手伝いながら、陶器の絵付けとか、そういう世界はいいなって思っていたんですか、

加藤 やっぱり、親のやることって興味あるじゃないですか、わたしは覚えてないですけど、3歳ぐらいの時に、父と母がいない時に、ろくろの前に座って、父がやるようにあぐらをかいて、金線をぐちゃぐちゃに引いてたらしい、、、絵を描くのは好きで、こっそり白磁のお皿を持ってきて、絵の具で描いたりしてました、、

――じゃあ、お父さんの手伝いも、楽しかったんですね、、

加藤 家族みんなで流れ作業で手伝ったり、楽しかったです、、小学校の6年生ぐらいの時に「将来は陶磁器を扱う人になりたいです」って書いてる紙を発見して、こんなこと書いてたんだと思いました、、子供心にも、なんか楽しそうな仕事だなと感じていたんでしょうね、、

加藤豊子さんは、小柄だけれどもかなりパワフルで行動的、やっぱり女性は強いなあ、、
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