修復家・加藤豊子の挑戦

黒地に金を施すの技法を「ダマシン」と呼ぶ、
豊子さんは、お父さんのその絵付け技法を受け継ごうとしている、

父の絵付けを追いかけて

加藤 日本に帰ってきて、父は、自分は絵付けを後世に伝えていく、という意思があったから、わたしはお手伝いしながら、勉強しようと思っていたんですけど、、でも、亡くなってしまって、「教えてくれるが人いないし、これからどうするんだ」と思って、、
父のポートフォリオに、黒地に金で描かれたものがあって、「ダマシン」っていわれる絵付けなんですが、わたしが好きだったのは、こういうタイプのものなんです、、でも一人でやっていく自信がなくて、、
あるとき、石川県立九谷焼技術研修所っていうところがあるのを発見して、そこでは、いろんな種類の絵付け技法が学べるっていうことだったので、「あ、これだ」と思って、、日本の伝統的な材料を使って、伝統的な技法でいろいろ描くことを学ぶことができると思って、「よし行こう」って、行っちゃったんです、、

――行動的、、2年ぐらい学ばれたんですか、

加藤 そうです、2年ですね、生地作りも、絵付けもいろいろ学んで、ダマシンまだ描けてないですけど、最近少しずつ描いてます、

――お父さんも、きっと喜んでいますね、、、ありがとうございます、、長時間すいません、、楽しいお話でした、、

いろいろな金継ぎのサンプル、豊子さんは金継ぎの教室も開催しているので、興味のある方は連絡を

名古屋市東区や北区には、明治時代のはじめから平成のはじめころまで、陶器の絵付け業が集積していた、全国でも有数の陶器の絵付けのまちであったのである、そのことは、名古屋に住む人もあまり知らない、、
東区や北区には、絵付けの職人がたくさん暮らしていて、豊子さんのおじいさん、お父さんもそうした絵付けの職人だったのである、、豊子さんは、イギリスから帰国後、美術館やコレクターなどの依頼に応じて日本で修復の仕事を続けながら、九谷で絵付け技術を学び、お父さんの絵付け技術を受け継ぐ活動も続けている、、絵付け教室や金継ぎという修復技法の教室なども開催しているので、興味ある方は豊子さんの下記のメールアドレスまでご連絡を、、

toyokokt@gmail.com

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