修復家・加藤豊子の挑戦

やり直すため、イギリスへ旅立つ

――じゃあ、美術系の大学とかに進学?

加藤 母親に「早く結婚して、早く普通の生活を送ってほしい、大学なんかに行ったら嫁の行き手がなくなる」と、大学に行きたいって言った時も、「女は大学なんか行ってどうするの」って言われて、、そしたら父が「一人暮らしじゃなくて、実家から通うなら、大学を受けさせてやってもいいんじゃないか」って言ってくれたんで、公立の短大を受けたんですが、残念ながら不合格で、、で、英語の専門学校に行ったんですよ、、
英語が使えれば、ちゃんとした企業に入って仕事ができるので、船会社とか商社とか、そういうところだったら英語も活かせるし、そういう方向に行こうと思って、、

――卒業後は、どんな会社へ?

加藤 地元の自動車関係です、海外サービス部っていうところで、自動車部品が海外で不具合があった時に、それを回収して、原因究明するとか、モニター品を送るとか、代替品を送るとか、そういうことをやってたんです、、世界中のディストリビューターと、いつも部品の輸出入のやり取りをしていました、

――しっかりした普通の会社ですね、

加藤 普通の人になってたんです、はい、で、結婚する時に、仕事を辞めて家庭に入ったんですが、その後、結婚も辞めました、、
その時、自分の人生を振り返って、絵が好きだったな、と、、じゃあ、美術品を直す仕事はどうだろうと思い付いて、、、新しいものを生み出すのはかなり無理があるけど、すでにあるものを直すのであれば、仕事になるんじゃないかと思って、、しかも、つくることの嬉しさとか楽しさとかを知っているから、そういう気持ちで直せたら、よりいいんじゃないかなと思って、

――なるほど、、確かにそれはいい、、

加藤 何の伝手もなかったんですけど、そういう方向でいろいろ調べ始めて、、
もちろん、修復が自分にできると思ったわけじゃなくて、興味を持ったから探してみようと思ったんです、、できなくても、それは仕方がないっていうのも、もちろん思っていて、できるところまでやってみよう、と、、

これは青磁のお皿、欠けたところを金か銀かプラチナか、
金属粉で修復というか装飾する金継ぎという日本の伝統期的な修復方法である、、

――日本に、修復を学べるところってあるんですか、、

加藤 当時は、どこで勉強できるのか、よく知らなかったんです、
どこかの美術大学に電話をかけて、自分の目的に合ったコースがあるか聞いてみたんですけど、「まず共通試験を受けてください」というところから始まって、、いや、そういうことを聞いているんじゃないんだけど、と思いました、、
それで、、別の方面から考えてみようと思って、、なぜか、ブリティッシュ・カウンシルの日本事務所に相談に行きました、、留学の情報がいろいろあったので、調べていくうちに、もしかしたら日本ではなく、海外で学ぶ方がいいのかもしれないと思うようになって、、
ブリティッシュ・カウンシルの方が、絵の修復をしている日本人の修復家を紹介してくれたので、その方に電話で相談したんです、そうしたら、「やっぱり日本ではなく、海外に行った方がいいですよ」とアドバイスされました、、

――そうか、確かに、日本だと、修復ってあまり身近に感じられないですね、、

加藤 今は大学にも文化財保存修復の分野がありますけど、当時は、今のように学ぶための環境が整っていませんでした、、
ヨーロッパの方が、修復や保存についての意識が高くて、学校もありますし、専門的に修復を行う会社もあります、先生に弟子入りして、小僧から始めるというのではなく、学校で学んで、その技術を仕事につなげていくことができるんです、、
修復については、イタリアやベルギー、ドイツなど、いろいろな国の情報がありました、、ベルギーには学費が無料の学校があるとか、ドイツもいいとか、そういう話を聞きましたけど、でも、言葉がわからないといけないから、、英語なら勉強してきたので、イギリスで探そうと思ったんです、、

――英語、活かせると思ったんですね、

加藤 そのとき、わたしは29歳でした、離婚して、自分の人生をやり直そうとしていた時期です、、

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